旧き城から

序 

 天空の夜を占めるものは一面の闇。その闇の中、惑星航路のシャトルが一機・二機飛びすぎて行く。
 主星近辺では、一日に何便もの旅客シャトルが行き交っているが、周辺地域に行くにしたがって一日一便か二便になり、それが辺境ともなると二日か三日に一便の運行になる。人口密度に比例して、利用人口も少なくなるせいである。そのかわり、鉱物資源や地方惑星特有の生産物を消費地域まで運搬するついでに人間も乗せる貨客シャトルが増える。
 貨客シャトルは客船よりは乗り心地という点では劣るが料金は格段に安く、庶民の足としては適当と言えるかもしれない。もっとも辺境地域まで出かけて行く用があればの話だが。
 そして今、幼いクラヴィスとその母親、それに流浪の民の仲間達を乗せて飛んでいるのもそうした貨客シャトルで、辺境地域を治める領主の居城がある惑星を目指していた。
 それというのも、領主の城では数日中に盛大な結婚式が執り行われる予定になっており、彼ら流浪の民も結婚式に歌や踊りを披露するために、それにまた、若い二人の行く末を占い、幸せを祈るために招かれたのである。クラヴィスの母親は占いをよくすると評判で、殊に水晶球の占いは恐ろしいほどに当たると言われていた。
 領主は息子の結婚を機に家督を譲るこころづもりをしており、将来の安寧のために佳い(領主にとって都合のよい)卜占を欲しがっている。そのためには、占いをなりわいとする人間を大勢集め、それぞれに占いをさせて、一番気に入った結果を出した者に多額の報酬を与えるつもりだとも噂されていた。

*     *     *

 惑星を結ぶシャトルが着陸態勢にはいり、高度を下げると、地上で輝く明かりのきらめきがぐんと大きくなった。
 クラヴィスはシャトルの窓に額をくっつけるようにして眼下に拡がるきらめきを眺めていた。
「かあさま、ほら、見て。明るい星だね」
 隣に座る母親に話しかける間も窓から視線をはずそうとはしない。クラヴィスが目にしているのは、領主の城があるあたりで、宇宙の星々と勝り劣りのない光が輝いていた。
 彼らが惑星に降り立ってみるとその輝きは一層増した。城は窓という窓に明りが灯されており、薄絹やレースのカーテンを透かした柔らかい光が窓の下の植え込みにまで届いている。城壁には大きな紋章入りの旗が掲げられてわずかにはためき、等間隔に置かれたかがり火が夜空にあかあかと焔をふきあげている。
 城内にはふかふかで鮮やかな色彩の絨緞が敷き詰められており、分厚い敷物に慣れるまでには何回か転ぶことになるのではないか、という感想をいだかせる。部屋のあちこちにはクリスタルの女神像や白大理石の彫刻が並べられている。それは領主の趣味で各地から買い集めたもので、あまりにも沢山ありすぎて少々均衡に欠けるといわざるを得ないほどだった。
 城は、幾度かの増築のせいで、全体としては統一性にかけており『趣味がよい』とか『洗練されている』といった表現からは遠いものだったが、美意識を抜きにして考えれば辺境地域きっての豪壮な建物である。
 クラヴィスは、これほどまでに壮麗な建物を目にするのは初めてのことだった――のちに聖地に召し出だされて宮殿を目にした時に、領主の城は規模こそは大きいが、建築資材もさほど上級のものを使っているわけではなくて『壮麗』などとは程遠い建物だったのだということを知ることになるのだが、この時点ではそれまでに見たどんな街よりも立派に見えた。


【旧き城から 1】に続く

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