Love Method

 西暦2184年・月面基地――
 特捜司法局では、次代を担う司法官候補生が育てられ、訓練を受けている。彼らは並の人間よりも丁寧に教育され、あらゆる事態に対応する能力と司法に関する一切の知識を身につける。
 もちろん、ここで教育を受けた合成人間のすべてが司法官として活躍する場を与えられるわけではない。訓練途中で能力に欠けるとみなされた者はその時点で人生の終焉をむかえる。
 無事にすべての訓練を終了しても司法官としての任務に就かないまま生存期限が切れる者もいる。特捜司法官としてしか生きることを許されない彼らのうち、実際に任務に就くのは一部の者なのだ。
 そして、彼ら司法官候補生は、正式に任官されてコード・ネームを与えられるまでは名前がない。彼らは任官されてはじめて『人』として生きることができるのであって、それ以前は極めて不安定な立場にある。
 もっとも、まったく名前がないままでは日常生活に支障をきたすので、仮の名前としてアルファベットが振り当てられており、通常彼らは互いをそのアルファベットで呼び合っている。

*     *     *

 時をさかのぼること二十年――
 現在と同じく、教育と訓練に汗を流す少年少女たちがいた。
 それぞれがみな優れた能力をもっているなかに一人だけ異能をもつ存在がいた――男でもなく、女でもなく、同時に男であり、女でもある――変身能力をもつ存在が。その人物はJusticeという意味をこめて(そして時にはJaggernautという意味をこめて)Jと呼ばれていた。
 そして、Jと表裏一体の存在として生み出された少年はSpecialの意味をこめてSと呼ばれていた。
 二人は、どのような教育においても訓練においても、互いをライバルとすることはあっても他の誰かにトップの座を脅かされることはなかった。それほどに、その二人の能力は抜きん出ていたのである。
 JとSとは、変身能力を除いたすべての面でまったく同じように造られていた。その結果、行動パターンも思考も人物の好みに至るまでまったくと言っていいほど同じだったのである。わずかな違いは、髪の長さ。男でも女でもあるJのほうが髪が長い。恋愛対象範囲も多少の違いをみせている。「女」としての一面をもっているJのほうが対象範囲は広い。それとても、「男」としての二人を比べてみれば「誤差」として片付けることができる程度のものだった。
 だが二人が「同じ」であればあるほど恋愛に関してはトラブルが発生する。好きになる相手もまた「同じ」だからだ。

「Jのほうが譲るべきだ!」
 声変わりの終わりきらぬ中途半端なトーンでSが言う。
「僕は常に『男』だ。でもJは男にでも女にでもなれるんだから『女』として誰かを好きになればいいじゃないか。いつもいつも僕と同じ人を好きにならなくたって……」
 これまでの憤懣が一気に爆発したかのようであった。
 二人して同じ人を好きになり、SもJも互いに譲り合うこともできず、それぞれが自分の気持ちをぶつけては、相手の子を困らせ、結果的に二人とも同じ結末(失恋)を味わってきていた。
 もっと大人になれば、顔も声も考え方も行動も、どこをとってみても『同じ』二人から同時に好意を寄せられ、『さあ、どちらを選ぶ?』と迫られては、相手の子だって困惑するに決まっている、ということがわかるのだが、まだ子供の部分を残したままの彼らには気持ちのままに行動することしかできなかったのだ。そして、その行動が同じとなれば、たどる道もまた一つしかない。

「困ったものですな」
「こんな予定ではなかったのだが……」
 彼らを生み出したドクター達がひそかに眉をひそめていることには気付かず、JとSの喧嘩はまだ続いている。
 最初に、彼らを表裏一体の存在として生み出すことを決めた時、このような事態を予想しなかったわけではない。それでも、成長するにしたがっておのずと好みが違ってくるはずだと計算していた――変身能力の有無によって違いが生じるはずだと。
 自然界に存在する双子でも、兄、あるいは姉として扱われるほうは、弟あるいは妹として扱われるほうよりも、幾分成育過程が早い。同じことが表裏一体としての彼らにも当てはまるはずだという考えもあった。それにまた、差異があらわれなくとも互いに譲ることを学ぶだろうということも考慮のうちだったのだ。
 しかしながら、今のところ、彼らに相違点を求めるのは難しいのが実情である。このうえは、月面基地を離れた彼らが異なった環境で生活し、異なった人々と出会うことによって差異があらわれるのを待つしかない――経験の積み重ねによって人格は形成されるものだから。

 時は流れ――
 彼らが正式に任官される日が来た。
 Jは、特捜司法官の頂点に立つJOKER1になり、Sha地球系を束ねるSPADE-ACEとして生きることになる。
 特捜司法官は単独行動が基本であるため、それぞれの任務によってまったくことなる経験を積むようになる。
 時には二人の行動範囲が重なることはあっても、まったく同一のものになることはなかった。
 月面基地に戻っていても、幼い頃のように二人一緒にいるということはなくなった。
 傍目から見る限り(研究者の眼というものは学究的なことを見るには適しているが、世俗的な事に関しては疎い面があるものだが)恋愛対象範囲も少しずつ異なっているようだった――もちろん、彼らが自分の好みを口にするはずもなく、深層心理テストの結果を分析したところ、そのように見受けられるという程度のものだったのだが。
 当人たちも任務の違いから、二人が同時に同じ人物に出会うということもなかったから、昔のように「同じ」相手を好きになり、同時にアタックを開始するなどということはない。
 そういう意味では、平穏な時が流れていた。
 ところが、ある日、ジョーカーがS‐Aに一人の人物を引き合わせたのだ――日本州警の刑事だという六道リィンを。
 その時のジョーカーには他意はなかったろう。ただ単に、自分が好きになった人を見てもらいたいと思っただけのことだったはずだ。
 確かに、同じ環境で育ち、同じ教育を受けていた頃には、同じ人を好きになってトラブルを起こしたこともあった。「同じ」であることを運命付けられていたのだから、どうしようもなかった。
 しかし、成人して別々に活動することによって、違った考え方や行動を選択するようになってからは、同じ相手を好きになってトラブルを起こすということもなくなっていたし、「譲る」ということも覚えた。
 今ならば『恋人を紹介する』というごく普通のことを自然なかたちで行うことができると考えたのだ。
 しかしながら、これはS‐Aにとっては、かなり衝撃的なことだった。『恋人を紹介したい』とジョーカーが考えたことに衝撃を受けたわけではない。(彼は、この時にはジョーカーは『普通っぽいシチュエイション』というものが好きなのだということを理解していた)ジョーカーが引き合わせた人物は自分の好みの範疇にはいるということに衝撃を受けたのだ。
 もし、その場にいるのが女性だったら、またしてもその人物をめぐって壮絶なバトルがおきたのかもしれない。
 しかしS‐Aは、衝撃を受けたという事実をポーカーフェイスの下に押し隠し、リィンに対しては何の興味もないような態度をとることに成功した。いや、彼はリィンが気に入らないような素振りを見せることまでやってのけたのだ。これには、ジョーカーに対するやっかみも混じっていたということを付け加える必要があるが。
 これ以降、六道リィンはS‐Aにいじめられることになる。
 S‐Aの行動のよってきたるところが何であるかわからないままにリィンはいじめられ続けるのである。
 これは不幸と呼ぶべきものだろうか?
 それとも愛情の裏返しとして幸せな事としてとらえるべきなのだろうか?
 いずれにしても、ジョーカーとリィンの出会い、それがすべての発端なのであった。