士道不覚悟(1) |
「……じ、そうじ!いつまで寝てるつもりだ!」 聞き覚えのある声が頭の上からふってくる。 聞き覚えがあるというのは、わかるが、それが誰の声なのか思い出すことができない。 (今日、僕、掃除当番だったっけ?) (誰の声だろう?バーリーせんぱいじゃないし……) 声の主が思い出せないのは、無意識のうちに『わかりたくない』という思いがはたらいていたのかもしれない。 たとえ、そこにいるのが誰であったとしても、今は眠っていたい。 それでも声が『そうじ・そうじ』と僕を揺り起こそうとする。 (やたら『そうじ』って繰り返してるけど僕の名前は六道リィンだし……) もちろん、ジョーカーが優しく起こしてくれるなら、文句なんかいわずに起きるけれど、そうじゃないなら断固眠っていたい。薬物中毒の暴行犯を追って夜通し街を走り回って、午前3時にようやく布団に入ったばかりだというのに、少しくらい仮眠時間をくれたって罰は当たらないと思う。 「あと5分……」 「寝ぼけてるんじゃねえ!」 罵声と同時に布団を剥ぎ取られた。 僕は手を伸ばして布団にしがみつこうとしたが、足蹴にされてしまった。 「酷いなぁ。何もここまでしなくたって」 文句を言いながらもしぶしぶ目を開いた僕が見たもの。それは、にわかには信じ難いものだった。 なぜ、これがここにあるのか。 博物館ではなく警察の仮眠室に――歴史の本で見たことがあるだけだけれど、一度見れば他のものと見間違えようのない浅葱の羽織。白い山形がついたそれは、新撰組の隊服。 僕は視線を徐々にあげた。 よく見慣れた、でもあまり出会いたくない貌がそこにあった。特捜司法官S−Aの貌が。 「S−A、その格好……」 口を開きかけた僕の言葉は 「このバカ!まだ目が覚めないのか!」という怒声にねじ伏せられた。 サビのきいた声に思わず首をすくめた。 同時に自分の着ているものが目に入った。 だらしなく胸がはだけている代物は、どう見てもKIMONOと呼ばれるものだとしか思えない。今から300年以上も昔、日本州では日常着だったというものだ。 (これは僕の夢の中だろうか) そうとしか考えられない状況だった。 僕が仮眠する時に着ていたのは、半袖のシャツだったはずだ。夢でもなければ、こんなものを着ているはずがない。博物館入り間違いなしのものを僕は持っていない。 目の前にいる人物もS−Aに違いないと思うのだが、ヘアスタイルは、ポニーテールと呼ばれるものに似ている。話し方の調子も少し違っている…ような気がする。 もっとも僕に向かって口を開く時には、S−Aはいつもシニカルな物言いだから、大幅に違っているというわけではないが、そのうえに誰人をも近寄せないような厳しさがある。 (夢ならば覚める方法もあるはずだ。こんなわけのわからない夢なら、どんなに眠くても起きてしまったほうがマシというものだ) どうすれば目覚めることができるのだろうかと、考えを巡らせているところに 「歳さん、そんなに怒鳴ってばかりでは、総司も返事できないだろう」 襖の陰からもう一人の人物が現れた。総髪というのか――月代を剃り上げないで髪を結ったままにしている人物で、テレビ・ドラマ『特捜司法官S−A』の主演俳優の面影を宿していた。 「近藤さん、総司には、これくらい言ってちょうどいいんですよ。こいつときたら、まったくいつもぼんやりしてるんだから……」 二人の会話から察するに、ここにいるのは正真正銘、新撰組局長・近藤勇とその懐刀、副長・土方歳三であるらしい。 「土方さん……ですよね」 なんとか現実を把握しようと言った僕に 「ほら、この調子だ」 あきれ返ったといわんばかりの返事だった。それでも、その言葉から、ここにいるのが土方歳三に間違いないということだけは確認できた。 そして―― そうじと呼ばれている僕が沖田総司ということになるのだろう。幕末の剣豪の一人に数えられているという沖田総司と僕とではイコールで結べる共通点などありはしない、と思うのだが、こんな訳のわからない状況では、しばらくの間、彼の役を演じているしかないだろう。このやけにリアルな夢から覚める方法が見つかるまでは。 「総司、具合でも悪いのか?」 近藤さんが僕の眸を覗き込むようにして尋ねた。 僕は首を横に振る。 具合がいいのか悪いのかさえ、今はまだ、よくわからない状態だった。どことなく身体がだるいような気もするが、それは後世の僕が彼の死因を知っているせいなのかもしれない。 「熱はないようか?」 僕は、ぼんやりと肯いていた。 そのやり取りを土方さんは睨み付けるようにして見ていた。 どうやら、僕はこの人に嫌われているようだ。 以前、ハイスクールの『地球史』で習った記憶が正しければ、僕も彼らと同じ道場で学んだ仲間のはずだが、それは、後世の歴史家の誤りじゃないかと思ってしまうほどに冷たい眸だった。 土方さんの僕に対する態度と、近藤さんに対する態度には雲泥の差がある。もちろん、局長に対するには、それなりに敬意を払った物腰になるのは当然のことだけれど、実質的に新撰組を動かしていたのは、土方歳三だったはずだ。 でも、僕の目の前の二人を見ていると、そういうわけでもないように感じられる。 結局のところ、後の時代になって学ぶ歴史なんて、真実からかけ離れているのかもしれない。 「総司は一番隊の頭だろう?他の隊員たちは皆市中の見回りに出かけて行ったぞ。総司がいつまでも寝ていては、他の者に示しがつかんだろう。具合が悪くないのなら、しっかり働いてくれよ」 言い聞かせるような近藤さんの言葉に送られて、僕は屯所を出た。 【士道不覚悟(2)に続く】 |