士道不覚悟(3)

「どなたかにお迎えに来てもらいましょうか?」
 これにも少し沈黙があったけれど、ややあって
「すぐそこの……葉村屋どす……」
「わかりました」
 僕は娘に肩を貸して立ち上がった。
 立ち上がったものの、娘の言う葉村屋への道がわからない。
「すみません。僕、このあたりの地理に疎いので、道、教えてもらえませんか?」
 僕の言い方がおかしかったのか、娘はクスリと小さな笑みをもらした。
「そこの角を曲がったとこどす」
 商家の暖簾が連なるなかに柏の葉をかたどった暖簾が見えた。『呉服問屋』の文字も書かれてあった。ここが娘の家であるらしい。
「翔お嬢はん」
 店の小女か、娘の小間使いと見える少女が駆け寄ってくると、僕の手からもぎ離すようにして店の中に娘を押し込んだ。
「えろうお世話さんどした。おおきにありがとうさん」
 礼の言葉も、その表現しだいでは拒絶の表現になりうるという見本のような言い方だった。これ以上僕に一言だって話をさせるまいという意思がありありと現れていた。
「ふき、そんな切り口上でもの言うんやおへん」
 店の中からたしなめる声が聞こえていたが、それだからといって誰かが外に出てくるわけでもなかった。
(みんな僕とかかわりあいになることを避けているんだ)
 心が重かった。
 実際のところ、避けられているのは、新撰組の隊服であり、それを着ている沖田総司であるわけだが、僕自身が避けられているよりも哀しかった。
(どうにかして皆にわかってもらう方法がないものかな)
 僕は考えてもどうしようもないことを考えていた。
 歴史は変えようがないし、また、変えようとしてはいけないのだ。22世紀の人間である僕が彼らのためにできることなど何もありはしない。それはよくわかっているけれど、それでも彼らのために何かしてあげたいというのも偽りの無い思いだった。
 そんな僕の物思いを遮るように突然後ろからフッ・フッ・フッという笑い声が聞こえた。
 振り返らなくても、そこに誰がいるのかわかっていた。こういう笑い方をするのは、芹沢さん以外にいない。
(できることなら、振り返らずにこのまま走り出したい)
 でも、そんなことをすれば、屯所に帰ってからネチネチといびられることになるのは、目に見えている。
 泣きたいような思いを押し隠し、唇の端をひきつらせながら笑顔を作るとゆっくりと振り向いた。
 案の定、嬉しそうな笑顔の芹沢さんがそこにいた。
「見ましたよ、総司くん。君もなかなか隅に置けないねぇ。葉村屋のお嬢さんとは、なんだか訳ありの様子だったじゃないか」
「そんなんじゃないですよ。おなかが痛いって言うから送ってきただけで……」
「まぁいいでしょう。そういうことにしておきましょう。近藤さんや土方くんにバレるとうるさいから」
 言いながら、芹沢さんはぐいと僕のほうに身体を近づけてきた。
 がっしりとした体格が僕を威圧する。ことに厚い胸板と割れ顎が男らしさを強調している。
「芹沢さんは見回りの途中なんですか?」
 僕は市中見回りを口実にして芹沢さんから逃れようとしていた。
「僕はまだこれから回らなくちゃならないんですけど…」
「土方くんには、わたしから上手く話をつけてやろう。少々つきあわんかね」
 言いながら芹沢さんは酒を呑むしぐさをしてみせた。
「昼間っからお酒ですか?」
 呆れ顔の僕にも芹沢さんは平気な顔で
「なにほんの少々たしなむ程度だよ。隊務に差しさわりがあるほど呑むはずがないじゃないか」
 結局、僕は、付き合うとも付き合わないとも言わないうちに近くの小料理屋に連れ込まれていた。

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