裏方日誌

〜特捜司法局管理部〜


『特捜司法局』と聞いて、あなたは何を思い浮かべる?
 特捜司法官?
 そりゃぁ、まぁ、当然でしょうね。なにしろテレビドラマ『特捜司法官S‐A』は、平均視聴率40%以上という超人気番組で、誰も知らない人はいないでしょうからね。
 中には、司法官の生みの親とも言うべき4人の博士のことを考える人もいるかもしれない。彼等なくして、司法官制度もありえないわけだから。
 でも、特捜司法官も博士たちも、司法局全体から言えば、ごくごく少数でしかない、ということをあなたは知っていますか?
 彼らは、たしかに必要不可欠ではあるけれど、『司法局』が存続していくためには、彼らだけでは不可能なんですよ――つまり、司法局で働いている大多数の存在、我々のように縁の下の力持ちとも言うべき存在があってこそ初めて司法局はその役割を果たすことができるというわけ。
 だってね、彼らは任務の途中で派生した証拠品だの押収品だのをこの月面基地に送り込んでくるだけで、その後始末なんて、ちっともしないんだから。
 任務に追われてそれどころじゃない…っていう声が聞こえてくるような気もするけれどね。

*     *     *

 今日も朝から、月面ドーム中に響き渡るような音をたてて工事用車両が走っていく。
 突貫工事で特大プールを造る必要に迫られているのだ。
 なぜって?
 それは、ジョーカーから『金色の人魚を連れて帰る。人工砂浜と造波機を設置したプールを至急用意されたし。水は、地球標準型海洋水でOK』という連絡が入ったからだ。
 プールに人工砂浜……
 ジョーカーは、簡単に言ってくれるが、実際にそれらを作るのにどれだけの人数と時間が必要になるのか、考えたことがあるんだろうか、と思ってしまう。
 まぁ、実際のところ、金色の人魚(それもどうやら変身能力があるらしい)を地球に残しておくのは、人間にとっても人魚にとっても不幸なことだから、月に連れてくるよりほかに選択肢はなかった、というのは理解できる。
 しかしながら、理解できるというのと、実際にその準備をするのとの間には大きな隔たりがある。
 そこをうまく調節するのが『管理部』の仕事だといわれればそれまでだが…。
 はぁ――
 ため息が出てしまう。
 造らなくちゃならないものは、他にもあるんだ。
 S‐Aからも住居棟の建設要請が来ている。
 海洋牧場で生命体を保護した、ということだ(S‐Aは、我々に対して詳しい説明をしない。はなはだ困ったものだ)
『海洋牧場で保護した生命体』と言われたって、それだけじゃ、ヒューマノイドタイプなのか、そうじゃないのかさえわからない。
 仕方がないので、こちらから司法部へ出向いて調査したところ、ヒューマノイドタイプだと判明した。
 それなら、すでにある住居棟に空室があるから、そこに住まわせればいいんじゃないかと思うのだが、通常ユニットでは不都合があると言われてしまった。
 通常ユニットじゃ不都合があるヒューマノイドっていうのが、いったいどういうものなのか、説明してもらいたいものだが、質問したって『機密事項』で片付けられてしまうに決まってる。
 明日にも設計図が送られてくるということだから、その通りに建設するより他にないだろう。
 そのほか、鳴木沢博士の植物群を管理しないといけない。
 博士がバイオ・チップの研究のために使っていた何十種類もの植物は、月面基地の生育環境が適していたのか、地球上での生育スピードをはるかに凌駕する勢いで育っている。いや、それだけではない。地球ではせいぜい1メートルくらいまでしか育たないような植物も、己の限界に挑戦するかのように5メートル・6メートルと伸びてゆくのだ。当然、それに伴って、横にも育っているのは言うまでもない。
 これは、博士が発表した理論に基づいて生育すれば、これまでの常識を超える収穫量をあげることも可能になるということであり、食料生産者にとっては、願ってもない福音だろうが、種の保存を目的としている我々にとっては『育ちすぎる』というのは、頭の痛いことでもある。
 だからといって、わざと育たないような環境を作るというのも問題がある。今はもう、これ以上『育ちすぎないように』と願うのみである。
 以前、人間とエジプト猫とのキマイラだという『保護動物』が届けられた時も大変だった。これは通常は『猫』の姿をしている。だから、その時点で用意したのは猫用の環境だった。ところが、猫用の環境が整ったと思ったら、人間に変態してしまったのだ。こうなると、すぐさま人間用のものを用意しないといけない。
 そして、住居用メゾネットに準備ができて、迎えに行ったら、また猫に戻っていたのだ。
 
 押収あるいは保護した証拠品のうち月面基地まで送られてくる物(者)というのは、そのまま地球なり火星なりに残した場合、問題が発生する。だからこそ、司法局へ移送するという処置になるわけだ。
 われわれにだって、その重要性はよく判っている。
 そして、それらの証拠品のうち、「生きて」いるものには、それに適した環境を用意するのも当然のことだ。
 だが、それらの数が多くなると、愚痴の一つもこぼしたくなる……働いているのは生身の人間なんだから。

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