カミの器(2)

 ヨコヅナは、若かった。もしかしたら僕よりも若いんじゃないかと思う。さすがに人間国宝にむかっていきなり年齢を尋ねたりなんかできないけれど、若いというのは確実だ。
 なんとなく、もう少し年配の人を想像していたのだけれど、考えてみれば若いのも当然だった――技術という点について言えば、ある程度の年齢に達していたほうが円熟味を増すのは間違いのないところだけれど、体力という点について言えば、若さが必要なのだ。これは、どのスポーツにも当てはまることで、それがプロともなれば、いやがうえにも年齢的制限がある。ここが、普通の伝統文化の守り手たる人間国宝と大きく異なっている点だろう。
 ボディガードをすると決まってから俄仕込みで詰め込んだ知識によれば、ヨコヅナのつける「綱」というのは、20キロ以上はあるそうだから、体力が必要になるわけだ。たしかにスポーツ選手は体を鍛えているから、20キロほどの物を身に着けていてもどうということもないのかもしれないが、それでも、やっぱり、年齢には勝てないようになるにちがいない、と素人の僕は考えてしまった。
 ともあれ、僕達はこのヨコヅナのボディガードをすることになるのだ。
 初対面の挨拶をしようと握手のつもりで差し出した僕の手は先輩格のボディガードによって遮られてしまった。
「失礼でしょう。素手など」
 その言葉に周囲を見回すと、ボディガードは全員白い手袋を着けている。
(素手で触れることなど叶わぬ存在だ、ということなのか……)
 それは、カミの器に対する敬意の表れであろうし、人間国宝に対する敬意の表れでもあろうが、なんだかヨコヅナを人間ならぬものに仕立て上げているようで、
(ごく普通の人間として過ごしていたいこともあるだろうに……)と思ってしまった。
 そんな僕の感想をよそに白い手袋が目の前に差し出される。僕がどのように感じていようと、あるいは感じていまいと、そのようなことには関わりなく物事が進んでいく。
 つまり、この仕事をしている間は、手袋を着けたままでいなくちゃならないということだけは確定してしまったのだ。
 なんとなく割り切れないものを心の中に抱えたままバーリー先輩のほうを見やる。
 先輩はむっつりとした表情で手袋をはめている最中だった。
 僕は、もう1度ヨコヅナのほうに目を向ける。
 ヨコヅナは、見事なまでのポーカーフェイスを保っていた。
 僕達の表情の意味するところがわからないはずはないのに。
 自分に向けられる視線の意味をはっきり理解しているはずなのに。
 こういった無言のやりとりに心を動かされているようでは、カミの器にふさわしくないと判断されるのだと、知識として知ってはいても、少し寂しい――僕自身が寂しいのではなく、そのように扱われるヨコヅナという存在が寂しいと感じた。
 その時
「六道リィンというのでしたね、たしか……。あとで私の部屋までお願いします」
 ヨコヅナが口を開いた。
 僕は一瞬、自分の耳を疑いたくなった。
 なにがどうなっているのか、よくわからないのだが、ヨコヅナが自分のプライベートゾーンに来るように言っている。
 これはあまりにも異例のことのようで、他のボディガードの視線がおよいでいる。ヨコヅナの言葉づかいが異例なのか、それとも「プライベートゾーンへ」というのが異例なのか、あるいは、ヨコヅナが口を開いたというそのこと自体が異例なのか(もしかしたらそれらの全てかもしれない)判断のしようもないのだが、とにかく、僕が部屋に呼ばれたという事実だけは動かしようもない。
 初対面でまだ口も利いていない時点だったから、僕の言葉が気に障ったということはないだろう。態度が気に入らないと言われてしまえば、それはそれで仕方ないけれど、むこうから僕を指名してきているんだから、ちょっと何か違うと思う。手袋を差し出された時に顔に出た感情がいけないと言われるのかもしれないが、人間なんて感情の動物なんだから、感情を押し殺してしまうなんてできやしない。それにボディガードの言動に心が揺れるようでは、「カミの器」は勤まらないと思う。
(僕のことを気に入らないっていうなら、それでいい。僕だって引き受けたくて引き受けた仕事じゃないんだから……)
 たった1日さえ勤まらずに、お払い箱になった、なんて聞いたら課長は頭を抱えるかもしれないけれど、それでもいいと思っていた。

【カミの器(3)】に続く

back indexへ next