遠い秋の日

 それは、晩秋のことだった。
 松ぼっくりが落ちていた。
 
 まだ幼かった頃、私の家は松林の近くにあった。
 松林の周辺にはフェンスが張り巡らされ、立ち入りは禁止されていた。両親からも「フェンスの向こうに行ってはいけない」と言われていた。
 秋になると林の中に、たくさんの松ぼっくりが落ちていた。たくさん落ちているのに、誰も拾うことができない。それが、なんだかもったいない気がした。
 私と友人は、フェンスに小さな破れ目があることを知っていた。大人には通れないけれど、小さな子供なら無理をすれば通れる、それくらいの破れ目だった。
 ある日,私達はその破れ目を通って松林に入った。見つかれば叱られるとわかってはいたけれど、ちょっとした冒険ごっこ気分だったように思う。
 林の中では、針の葉の間から漏れる柔らかな光が地面に届いていた。下生えの薄茶色になった草の上に松ぼっくりが落ちていた。
 ポケットに松ぼっくりを詰め込み、更に拾った。拾って歩いた。両手にも持ちきれなくなると、形のいいものを選び、もっといいものはないかと、歩いた。
 そして、私達は道を失った。
 空は茜色に変わっていた。
 夕闇がすぐそこに迫っていた。
 泣き出したい気持ちだった。
 それでも、泣き出すことはできなかった。涙をこぼしてしまったなら、本当に迷子になってしまいそうだったから。

 その時、両親の姿が見えた。友人の両親もいた。
 帰りが遅いのを心配して探しに来てくれたのだった。
 怒ったような安堵したような両親の表情を私は今、懐かしく思い出す――すべては遠い日のことになってしまったけれど。
                         

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