旧き城から

「ご領主様にお取次ぎくださいませ。どうぞ、お取次ぎを」
 すがりつくような懇願も
「ならぬ。ならぬ。お取り込み中だ。領地からの祝いの使節が次々と到着して、挨拶を受けておいでだ。そのほうごときに関わる余裕などおありにならぬ」
 たしかに城中はざわついている。正式な使節団であることを示す旗指物を掲げた一行が廊下を通り過ぎて行く。厨房のあたりでは、祝宴に使う野菜や果物が大量に運び込まれているらしく、荷車の音が響いているし、それらの置き場所を指図する声が聞こえる。篭に花を盛り上げて飾り付けをしている女中の姿も見える。
 それぞれが忙しく立ち働くなかにも華やかさがある。いつもよりも仕事は増えて休憩する暇もないくらいではあろうが、婚礼の準備というものはそれが誰のものであっても心をうきうきとさせるものだ。まして領主の館で行なわれるものは庶民のものよりもずっと派手で、こういう機会でもなければ目にすることもできないような品々が惜しげもなくつぎ込まれるし、使用人には心づけも配られる。誰もがそわそわと婚礼の準備にいそしんでいる状況では、一介の占い師の願いなど一蹴されてしまう。
 だが、ことはその婚礼どころか人々の未来に、命にかかわるのだ。
 今日明日じゅうに城を立ち退かなければ、取り返しのつかないことが起きてしまう。
「どうか、どうか、たった一言だけで結構ですから、申し上げるべき事柄は一つだけですから!」
「ただ一つ?ならば我に申してみよ。事と次第によっては取り次がぬでもない」
 その言葉に
(ここで話してしまってもいいのだろうか)
 ためらいが湧く。
 周囲には人が大勢いる。『未来がない』などと聞いてはパニックに陥りはせぬか。算を乱してわれがちに逃げ出してしまって混乱をまねき、負傷者を出すのではないか。
 思い迷ったが、他に良い方法を思いつくでもなく、真実を――このさき起こるであろう事柄を告げた。
 だが、相手は重大事とは受け取らなかった。
「そのほうであろう、つい今しがた占ったにもかかわらず、何も見ることができなかったというのは。だからといって腹いせにそのような風聞を流そうとは不謹慎きわまりない」
「インチキ占い師のたわごとなど信ずるにはあたらぬ。おかしな流言に惑わされるでないぞ」
 誰も彼女の言葉に耳を貸そうとはしなかった。
 この時なら、まだ間に合ったはずだったものを。
 この時、誰か一人でいい、領主に取り次ぐなり、言葉を伝えるなりしていれば、未来を変えることができたかもしれない。
「こやつを、部屋に閉じ込めておけ。祝宴が終わるまでは部屋から外に一歩も出すでない。仲間との接見も禁じよ。部屋の前には見張りを立てるのも忘れずにな」
 悲劇を未然にふせぎたいとの願いもむなしくクラヴィスの待つ部屋へと引き立てられて行った。
 その様子は廊下で仕事をしていた人たちからは丸見えだったし、会話を耳にした人の数も決して少なくはなかった。

*     *     *

「ねえ、聞いた?占い師の話…」
「いやね。ありもしないことを並べ立てて……あまりにもお幸せそうなご様子をやっかんでるのよ」
「それだけならいいけれど……」
 人の口に戸は立てられぬ。口外無用ときつく言い渡しても、一切の噂話を封じることはできない。『ここだけの話だけど』とか『あなただから言うんだけど』といった前置きつきで話が広がるのは時間の問題である。そのうえ噂の拡散範囲は城内に限られていたから(家臣が必死に否定して回ったにもかかわらず)領主の耳に届くまでには2日もあれば充分だった。
 そして、この噂は領主を立腹させる。
 それも当然ではあろう。婚礼の準備は最終段階を迎えていたのだ。
 城の中庭には花とリボンで飾り付けをした柱が立てられており、何十本ものカラフルなリボンがヒラヒラとそよ風になびいていた。花嫁となる少女は5月姫をイメージした衣装の最終チェックをしていた。食料庫は満杯で、下々の者にもふるまわれる酒が杯に注がれる瞬間を待っていた。婚礼の式典が済みしだい打ち上げる予定の花火の手配も整っている。
「その者たちをここに引き据えよ。余が直々に尋問いたす」
 領主の命令でクラヴィスと母親が広間に連行された。
「人心をまどわせる蜚語を流したはそのほうか。誰に頼まれてのことじゃ。ことと次第によっては容赦はせぬぞ」
 領主は話を聞く前から謀略だと決め付けていた。
 占いの際に未来を見ることができなかった、という知らせが届けられていたせいもある。自分達にはもうわずかな時間しか残されてはいないのだと信じたくない気持ちもある。今現在のところ世界が滅び去ってしまうような兆しはどこにもない。それどころか空はうららかに晴れ渡って、暖かな陽ざしが降り注いでいる。天変地異の前ぶれとして現われるいう雲も観測されてはいない。どこにも悪しき予兆はみられないのだ。
「いいえ、決して蜚語ではございません」
 クラヴィスの心に映った破滅の相を説明しなくてはならない。部屋に軟禁されていた間にクラヴィスから聞きだした事を誰にでも理解できる表現で説明しなくてはならない。
――クラヴィスが視たのは、これまでに経験したことのないような規模の地震の惨状だったのだ。そして、その地震をきっかけとして惑星全体にわたる地殻変動が起こるであろう。一夜にして平地に突然山がそびえたったり、島が誰の目にもわかるスピードで海中に沈んだりするような地殻変動が。もちろん気候も変動するだろう。いくつもの種の植物や動物が絶滅するに違いない。いったん星を放棄してしまってから次にまた人間が住めるようになるまでには気の遠くなるような時間が必要になることだろう。
 それでも退く勇気がありさえすれば、やり直すことも可能なのだ。
「この星を未曾有の災厄が襲おうとしております。今すぐにこの星から脱出を……」
 その言葉は流浪の民ゆえの発想だと人々は受け取った。常に流れて定住することのない民だからこそ、流れ行くことに不安を感じないのだと。己の命以外に護るべきものを持たないからこそ簡単に星を放棄しろと勧めるのだと。自分達の持ち得ないものを沢山持っている人を羨むあまりに呪の言葉を撒き散らしているのだと。
「災いを呼ぶつもりか!そうはさせぬ!こやつらを追放せよ!ただちにだ!」
 この瞬間、領主は未来を失った。否、己の未来だけではない。家族の未来も、家臣の未来も、領民の未来までも失ってしまったのである。
「寸時も城におくことならぬ!」
「船がない?旅客シャトルになどに乗せる必要はない。貨物シャトルに放り込め!」
 クラヴィスと母親は石もて追われた。真実を告げたにもかかわらず――真実を告げたがゆえに。領主にとっては目を背けたくなるような、耳を塞ぎたくなるような真実を告げたがゆえに。

*     *     *

 彼らが追放された翌日、地震の第一波が惑星を襲った。
 クラヴィスが視た通りの惨劇が起きていた。
 城は礎石部分がかろうじて残っただけで、あとは瓦礫と成り果てた。
 援けを求める声はあってもそれに応える声はない。応えてやりたくても応えられなかったのだ。手を差し伸べたくても差し伸べることができなかったのだ。

 後の世にその星は『旧き城跡の惑星』と呼ばれることになる。
 再び歴史にその名が登場する時、人口はわずかに千人程度だという。

【END】

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