Ding-Dong(2)


 少し後――
 二人の姿は樹上にあった。
 会場になっていたイベントホールのほか、周辺にある建築群をも見渡せる小高い丘のうえ、バオバブの木を模した合成樹木の幹に。
 二人は太い幹に並んで腰かけている。
「ねぇ、ジョーカー、大丈夫なの?こんなふうにショーを抜け出したりして……」
 リィンは取り敢えず尋ねてみた。
 ジョーカーがモデルのバイトをしているなんてありえない。理由があるからこそモデルに扮していたのだ。このあとまだモデルを続ける必要があると困ることになる。
「ええ、大丈夫。リィンのほうこそ大丈夫ですか?お仕事中だったんですよね」
 警備責任者が途中で行方不明になった、というのはすでに署に報告がいってるだろうから、のちほどこってりと絞られることにする。
 何はともあれ、ショーは無事(?)に終了し、テロは発生しなかった。それだけが事実として残る。
「僕も大丈夫だよ。ジョーカーは……」
「ウェディング・ドレス、似合ってます?もちろん、これを着たのは任務だけど、リィンに見てもらえてよかった」
 そこで一度言葉を区切ると、そっとリィンの頬に口付けた。そして独り言のように続ける。
「舞台に小さな目印が付いていたのを見たでしょう?出演者にはターンの位置の目安だと説明されていたけれど、本来なら必要のないものなんです。プロのモデル達は自分がどこでターンすべきか、ちゃんとわかっていますから。
 あれは、爆弾のスイッチだったんです。取り外すことができるなら、それが一番簡単だけど、スイッチが入るより先に取り外そうとすれば、即座に爆発する仕組みになっていました。
スイッチが入るのは、あれを踏んだ時かショーが終了した時、そのどちらか早い時点で爆発するようにプログラムされていた。そして、わたしが踏み、スイッチをいれた」
「でも、爆発は起こってない」
 リィンはかみ締めるように言った。
「そう、踏んでから10秒後に爆発するようにセットされていたんです。そして、一度スイッチが入ったあとなら、起爆装置を外すことができる――10秒で全てを解除できるだけの能力があれば」
「じゃぁ、ジョーカーと並んで歩いていたのは……」
 リィンの夢と同様、S‐Aだったのだと今わかる。
 変装したS‐Aがモデルとしてジョーカーをエスコートし、起爆装置が作動した瞬間にそれを引きちぎって爆発を阻止したのだ。『解除』というにはあまりにも力技に過ぎるが、最初から解除コードなど存在しなかったのだろう、とリィンは思った。
「それにしても、10秒……」
 もっと他に方法はなかったものか、とつい考えてしまう。万一タイムリミット内に解除できなければ、会場にいた人々は、みな巻き添えをくらうことになるのだ。
 もちろん、ジョーカーもS‐Aも充分な勝算があったからこそ、その方法を選んだはずだし、他に良策があればベターなほうを選択をするに決まっている。
 そのことを誰よりもよく知っているのもリィンだが、10秒というのはあまりにもギリギリの時間ではないか、という気がする。
「10秒あれば人間は100メートル走ることができるんですよ」
 ジョーカーは、トレーニングを積んだアスリートにのみ可能な例をあげた。
(ああ、そうなんだ、ジョーカーにとっては…というか、特捜司法官にとっての10秒と僕たち普通の人間にとっての10秒というのは違うんだ。人は10秒間に100メートル走れる、とジョーカーは言うけれど、ジョーカーにとっての100メートルは、もっとずっと短い時間なんだよな)
 だからこそ、10秒あれば、充分に余裕をもって解除できると判断したわけだ。
 リィンは今更のように能力や感覚の違いを思う。
 究極の合成人間たる特捜司法官と普通の人間との間に抜きがたく存在する能力や感覚の違い――どれほどにトレーニングを重ねても到達すべくもない高い能力。能力に裏打ちされているが故の余裕。高い能力であるが故の命の期限。
 そのリィンの心のうちを知ってか知らずか
「私はショーに穴をあけたわけですから、もうモデルとして使ってもらえませんね」
 ジョーカーは小さく舌を出し、肩をすくめた。
 その様子は、本当に残念がっているように見えた。
(こういうところは、普通の女の子なんだ)
 リィンのほうから、今度はゆっくりとキスをした。
(やっぱりジョーカーも最新ファッションを身につけたいのかな……ウェディングドレスだけは僕のためであってほしいんだけど、次にデートする時には、ブラウスでもプレゼントできるといいな。ドレスなんて僕の給料じゃ無理かもしれないけれど、ブラウスくらいなら……)

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