リィン、改名する?!


「ねえ、六道さん、どれがいいと思う?」
 そう言いながら村上姉妹が1枚の紙を僕の前に広げた。
 紙には色々な種類の名前が書き込まれていた。
「どれがいいって言われても……これは一体?」
 わけがわからないまま目の前の紙と村上姉妹の顔を交互に眺めてしまった。
「そっか、六道さん、まだ知らなかったのね。実は私たち改名しようかと思って」
「占いの館に行ったらね、気分を変えてみたいのなら名前を変えたらいいって言われて……」
「で、そこでいくつか見つくろってもらったんだけど、なかなか自分たちじゃ決められなくて」
 姉妹は2人で分担しながら事の顛末を説明してくれた。
 2人が出かけたのは、カブキチョーのウエストエンドにできた通称『占いの館』というビルで、その名が示すとおり、前近代的な外観の建物だ。そのビルの中にはアンティークを扱う店だとか各地の民芸品を扱う店に混じって『占い』をなりわいとする店も並んでいる。そして、そのゆえにビル全体が『占いの館』と呼ばれている。
 村上姉妹はそこでちょっとした小物を買ってから、たまたま思いついて『姓名判断』という看板のかかった店に入ったそうだ。
 『姓名判断』といっても、現在では個人の名前と言うのは『通称』にすぎない。人々はみな市民コードで登録されており、出生から就学、就職、結婚その他さまざまな権利や義務が派生する事柄は一切が市民コードで行われている。ただ、日常生活では、記号と数字の羅列では味気ないし、何人ものコードを覚えきれるものでもないので、昔ながらの『名前』が使用されている。
 だから、まあ、『改名』も本人がそうしようと思うなら一向に差し支えない。
 なんでも、ずっと昔は、一度決められた『姓名』は余程の理由がない限り変更することはできなかったらしいが、今では簡単にできるようになっている。とは言うものの、それまでの通称を変更するとなれば、旧い名前で慣れ親しんでいる人には、とっつきにくいものなので、そうやたらと変更する人が少ないというのも事実だ。
 だが、村上姉妹が変更しようというなら、僕なんかが口出しするようなものじゃないと思う。
「僕にだって決められないよ」
 こういう言い方はずるいのだと思いながら答えた。
「う〜ん、やっぱり?そうなのよね〜。新しいのを決めようと思うとなかなかね〜」
 2人はそれで納得してしまったようだ。
「実はね、私たち、六道さんのことも占ってもらったの」
「六道さんの名前って『六道輪廻』からきてるんですってね。『六道』っていうのは人として生きていくうえで味わうすべての生命状態を現しているんですって。喜びも悲しみも怒りもみんなひっくるめて『六道』なんだって姓名判断の先生に教えてもらっちゃった。『リィン』っていうのはリィンカーネイションの略だろうって」
「生きかわり、死にかわっても、いつの時代にも人間として生きて欲しいっていうご両親の願いが込められているんだろうって……」
 自分自身でも知らなかった僕の名前の秘密が村上姉妹の口から語られるのを不思議な気持ちで聞いていた。 
 本当のところ、僕の両親はどんな思いで名前を決めたんだろう?
「六道さん、今の名前が一番似合ってるね」
 2人はそう言って微笑んだ。

姓名判断
六道リィンの場合
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