Kaleidoscope(1)


 ある日、僕のデスクの上に一枚のカードが置かれていた。
「六道リィン様」
 カードの表には機械でプリントアウトした文字があるだけだった。
(何だろう?)
 開いたそこには……
 なかった。何も書かれていなかった。
 誰かの悪戯だろうと思ってダストボックスに手をのばした瞬間、それまでは何もなかったはずのカードに文字が浮かびあがっていた。おそらくは光センサーが組み込まれていたのだろう。開いてから一定の時間が過ぎると文字が浮かび上がる仕組みになっていたらしい。
 僕の目の前で文字は徐々に濃さを増し、やがてそれが一番濃くなったと見るや、それまでと同じスピードでまた徐々に消えていった。
 それは全部で30秒ほどのことだった。
 あとには、真っ白になったカードが残された。
 僕は何度か開いたり、閉じたりを繰り返したが、もう変化しなかった。
 カードの送り主を追及しようにも、何の痕跡も残っていないただの紙切れでは、追及しようもない。表に書かれていた名前だけは、まだ消えずに残っていたが、これだけでは決め手にならない。同一機種など何百万台とあるに違いない。
 カードに書かれていた文字は消えてしまったが、僕はその内容を覚えている。それは麻薬取引に関する密告だった。
「12月15日・午前2時、浮島のFスタジオの裏手にある倉庫で取引がある」というのだ。
 浮島というのは、撮影用のセットを組んだ人工島で、昼夜を分かたず撮影が行われている場所だ。もちろん昼夜を分かたずといっても、人間の生活サイクルに合わせるから、深夜の撮影は多くはないだろう。それでも、撮影なんていうものは、スケジュールなどあってなきがごとしだから、まったく無人になる時間はないはずだった。常に誰かが出入りし、人目がある場所で麻薬取引が行われるものだろうか。
 疑問を抱えたまま僕は、とりあえず課長に報告した。
「で、その密告ってのは?」
「これなんですけど……」
 僕は語尾を濁しながらカードを差し出した。
「六道、これは、あぶり出しなのか?」
 課長が言いたいのももっともだった。
 僕は、30秒ほどの間に起こったことを説明した。
「ふん、悪戯にしちゃ手が込んでるな。こういう情報を寄せられては、放っておくわけにもいかんしな……」
 課長はそれだけ言うと、むっつりと黙り込んだ。
 実のところ、今は猫の手も借りたいほどに忙しい。
 昔から12月というのは、せわしない季節だったらしいが、それは22世紀の現在でもかわらない。新しい年がくるといっても、昨日に続く今日、そして今日に続く明日がやってくるだけのことなのだが、それでも年が変わるというのは、どことなく人を落ち着かなくさせるのだろう。そのせいで12月は1年中で一番事件の起こりやすい月になっている。
 僕たち刑事にとっては、沢山の事件――それも大きなものはなくて、手間ばかりがかかるようなものを抱え込んでクタクタになる季節だった。それでも、その一つ一つは、当事者にとっては深刻な事柄だから、いい加減に済ませておくというわけにはいかない。
「手の空いてる者……たって、そんなのいるわけないしな。六道、ガセかもしれんがバーリーと一緒に行ってみてくれ」
「僕と先輩と二人だけですか?」
「二人じゃ嫌だってのか?」
 課長に逆に問い返されて僕は何も言えなくなってしまった。
 本当に取引が行われるかどうかはっきりしないのに応援を寄越してほしいなんて言えやしない。
 課長はバーリー先輩を呼ぶと簡単に事情を説明し、僕と行くようにと告げた。
「こいつと二人で、ですか?」
「なんだ、お前も六道とじゃ嫌だってのか?」
「俺は美人の女刑事とのコンビのほうが嬉しいんですけどねぇ」
 実に先輩らしいコメントだった。
「カードは六道のデスクの上にあったんだから、これは六道の担当だ。ぐずぐず言わずに行ってこい」
 これ以上、課長の血圧をあげるのも申しわけないので、僕たちはその場を引き下がった。

【Kaleidoscope(2)に続く】

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