kaleidoscope(2)


「お前、俺とのコンビじゃ嫌だって課長に言ったのか?」
 バーリー先輩は自分のほうこそ僕とのコンビは嫌だと言ったことを棚にあげて僕を責める。
「そうじゃありませんって。僕は、もう少し応援に誰か寄越してもらえないかと思って『二人だけですか』って言っただけなんですから」
「そのほうがよけい悪いじゃないか。まるでお前と俺の二人だと頼りないみたいに聞こえるじゃないか」
 先輩は仕事を背負い込むことになったために機嫌が悪い。
「あっ、ほらほら、もう着きますよ」
 僕は窓の外を指さした。
 僕たちの乗ったヴィトールは浮島の上空に達していた。
「それに撮影スタジオなんだから、きっと女優さんたちがいますよ。ことによったらそういうきれいな人から事情聴取することになるかもしれないんだし……」
 苦し紛れの言葉だったが、バーリー先輩は途端に機嫌を直した。
「そうだな、たとえ取引はなかったにしても、そういう噂があるってことは、やっぱり、一通り事情も聞かなくっちゃな。女優の聴取は俺に任せるんだろうな」
「はいはい、先輩にお任せしますよ」
 Fスタジオから1ブロック離れた場所にヴィトールを停めると倉庫のほうにむかった。
 途中、タレントらしい人やスタッフにであうたびに
「おはようございま〜す」と軽い調子で挨拶する。
 なぜ昼でも夜でも「おはようございます」なのかわからないが、それがこの業界では最も普通の挨拶になっている。この挨拶一つで、ある程度の場所まで入っていくことができる。これは麻薬シンジケートにとっても同じ条件だということになる。それが、ここを取引場所に選んだ理由なのかもしれない。それに、幾つもある撮影スタジオのスタッフ全員の顔と名前を記憶している者などいないだろうから、少しくらい見知らぬ人間がいても気にもとめないに違いない。

 倉庫には表と裏の2箇所にドアがある。
「先輩、表のほうをお願いします。僕は裏に回りますから」
 一人で一つのドアを担当するのでは、万一、一斉に向かってこられたらちょっと困るなと思いながら音をたてないようにして中に入った。
 倉庫の中には、大道具や小道具、何に使うのかよくわからない人形などが所狭しと置かれていた。倉庫は、どこでもある程度雑然としているものだが、ここはそれ以上で、こんな状態では何がどこにあるのかわからないだろう、と思ってしまう。もっとも、それは外部の人間の感想で、実際にここを利用している人には、ごくわかり易い配置になっているのかもしれないが。
 それらのものを踏まないように、蹴飛ばさないように、気を配りながら進む。
 と、人影が見えた。
 赤い髪のひどく背の高い男。
 中肉中背でこれといって特徴のない男が三人。
 ブロンドの女が一人。
 黒髪を腰のあたりまで伸ばした男――しなやかな髪。一方の拳を軽く握っている。
(僕はこの後ろ姿を知っている……)
Kaleidoscope_2

 そう思うのと男が振り向くのと、どちらが早かっただろう。
 振り向いたその顔はジョーカー!
 酷薄そうな笑みを浮かべていた。手にはアサルトライフルが握られている。
 僕も銃を手にしてはいるが、警察用のそれは、アサルトライフルにまるで太刀打ちできない。
(どこに隠していたんだろう)
(アサルトライフルって確か20世紀の後半に盛んに使われた銃だったよな)
 どうにも緊張感のない考えが浮かぶ。
 この時、ぼくは、たぶんたかをくくっていたのだ。ジョーカーは任務でここに来ているのだと。ジョーカーが僕に銃を向けることはあっても本気で撃つことはしないだろうと。
 その気持ちを読んだのかジョーカーが口を開いた。
「撃たないと思っていますね?」
 僕は違和感を感じながら小さくうなずいた。
「撃ちますよ、リィン。相手が誰であろうとね」
 冷たく言い放たれた言葉は背筋を凍りつかせるのに充分だった。
 最大射程距離800メートルのライフルで至近距離から撃たれれば、人間は骨さえも簡単に撃ち抜かれてしまう。マガジンは30発だから、動かしながらトリガーを引けば、誰一人として無事ではいられない。
 次の瞬間、それは火を噴いた。
(違う!ライフルじゃない!)
 ジョーカーが手にした銃は、見た目はアサルトライフルそっくりだったが、それはレーザーショットをライフルに偽装したものだった。破壊力という点ではレーザーショットのほうが何十倍も勝っている。
 あたり一面は血の海になっていた。
 一瞬前までジョーカーと一緒にいたはずの人間は粉々に吹き飛んでおり、細切れになってしまった肉片や髪の毛が壁にこびりついていた。もう、肉塊すらなかった。すべてがミキサーにかけられでもしたように小さくなっていた。
 エネルギーカートリッジを使い果たし、新しいものを充填するジョーカーを信じられない思いで見詰める。僕の心の中の機能はどこかが停止してしまっていた。刑事としての僕はリローディングの隙を狙って飛び掛るべきだったのだが、そうはできなかった。
「ジョーカー、どうして、こんな……」
 ようやく絞り出した声はかすれて、知らない人が話しているような感じがする。
「リィンはひと思いには殺しませんよ。じわじわと苦しめてあげる」
 そう言うジョーカーの口元が半月形につりあがってゆく。
 同時に銃口がこちらを向いた。
「直接狙いはしない。肩や足をかすめるように撃つことぐらい造作もないことだ。チャンスをあげましょう。反撃するといい」
「やめるんだジョーカー!こんなこと!」
 叫ぶ僕の声はジョーカーの耳には届いていないようだった。
 僕の言葉にかぶせるようにして1発目が発射された。
 耳の脇をかすめたビームは後ろの壁に大きな穴を開けた。
「ジョーカー!」
 ジョーカーが僕に向かってトリガーを引いたことよりも、レーザーショットを構えるジョーカーの眸に感情がなく、冷たく光っていることのほうがショックだった。
「六道、なにがあった!大丈夫か?」
 バーリー先輩の声が暖かいものに聞こえた。
「先輩!危ない!来ないで!」
 その時、確かにバーリー先輩の身の安全を心配してはいたが、こんなふうなジョーカーを誰にも見せたくないという思いもあった。
「まったく……どこまでいっても六道は六道なんだな」
 言うやジョーカーは長髪のかつらを脱ぎ捨てた。
(S−A!)
 それでは僕がかすかに感じた違和感はこれに起因していたのだ。
 けれど、そこにいるのがジョーカーであろうとS−Aであろうと状況が変わるわけではなかった。
 どちらにしても特捜司法官であるということに何の違いもない。
 特捜司法官は死刑執行権を持ってはいるが、それは重大な犯罪を犯したものに限られているし、執行するにあたっても事故に見えるような方法を選ぶ。であるのに今は、まったく「殺人」としか見えない。確かにこの場にいた人物は麻薬取引をしていたのかもしれないが、それにしても肉塊すらも残さないような残虐なやりかたで殺されなくてはならなかったのだろうか。それとも特捜司法官に対する僕の認識が間違っていたのだろうか。
 頭の中を様々なことがよぎる間に、立て続けに2発撃たれた。
 そのどちらも足元をすり抜けて行った。
 僕は動かなかった。そのことが幸いした。少しでも動いていたなら、両足ともなくなったことだろう。
(可能かどうかは別にして、反撃にでないといけないかもしれない)
 思った刹那、S−Aは、銃を抱えたまま走り出した。
 僕も、後を追いながら無駄だとわかっている言葉を叫ぶ。
「止まれ!止まるんだ!」
 一歩ごとに開く距離がS−Aと僕との力量の差を見せつける。
 走り去る背に向かって発砲することもできたはずだと言われるかもしれないけれど、僕には背後から撃つことはできなかった。いや、撃ちたくはなかった。
 S−Aを追って倉庫の外に走り出た僕が見たのは、エアバイクに乗った秋津さんだった、と思う。「思う」としか言えないのは、その人物がフルフェイスのヘルメットをつけていたせいなのだが、顔は見えなくても間違いはないと確信している。テレビドラマ「特捜司法官S−A」を毎週見ていてば、体格と声だけで判別することができる。
 ヘルメット越しの声は少しくぐもってはいたが、耳に馴染んだ声だった。
 その声が「サム」と呼ぶのをはっきり聞いた。
 S−Aをその愛称で呼ぶのは一人しかいないと、僕は知っている。
 その人物は片腕をのばすとS−Aを引き上げ、バイクの後ろに乗せて飛び去った。
「リィン!」
 その時、駆けつけてきたバーリー先輩の声が聞こえた。

【kaleidoscope(3)に続く】

back index next