kaleidoscope(4)


「六道さん、このごろ仕事が忙しいの?今度、おまんじゅうを持って行ってあげましょうね」
 これは、大家さんの言葉だ。
 バーリー先輩はもっとストレートに
「やつれてるぞ」と言った。
 言われても仕方がない。近頃では警察にくるのが嬉しい。いっそのこと署に泊り込みたいほどだ。仕事をするのが嬉しいわけじゃない。署にいる間は殺意に脅かされないで済むからだ。デスクの前に座ると条件反射のように眠り込んでしまう。自分のデスクが一番安眠できるなんて……まともに眠っていないせいで頬がこけたのは自覚している。目の下には隈がういている。
 署に来ていても仕事にならないわけだから、今に何か言われるのではないかと思っていたが案の定「休暇」を言い渡されてしまった。
「もうすぐ冬の休暇だな。世間ではなにやら浮かれているようだが……。ついては六道リィン君、少し早いが今日から休暇をとるように」
「え?休暇を今日からですか?僕、ここにいるほうがいいんですけど……」
 課長の答えはノーだった。
 仕事もしないで眠っている者がいては、全体に影響すると言われては、それ以上強く申し出ることもできない。

 外に出ると、空はどんよりと曇っていた。低くたれこめた雲は今にも雪を降らせそうだ。
 街を歩く人の顔はみなエネルギーに満ち溢れているように見える。誰もが心の中に楽しいことを詰め込んで歩いているように感じてしまう。そんなふうに感じるのは僕の僻みだということはわかっているけれど、自分自身の気持ちが沈んでいる時というのは、明るい発想にはならないものだ。
 重い気持ちと思い身体をひきずるようにしてアパートに戻った。
(休暇の間、ここを離れていようか)
 ふとそんな考えが心に浮かぶ。
(いや、どこに行っても同じことだろう)
 相手がS−Aであるからには、どこに逃れようとそこでまた同じことが繰り返されるのは明白だ。それなら、勝手のわかった自分の部屋にいるほうがマシだろう。
 考えながらドアを開ける。
 花が咲いていた。
 訂正――花柄のワンピースを着たジョーカーがいた。
 こころもち首をかしげるようにして
「リィン、遊びに来ました。ご迷惑ですか?」
 迷惑だなんてとんでもない。
 ぼくの可愛いマジカルキャット。可愛いジョーカー。女性型だということが僕を安心させる。女性型なら、S−Aの変装ということはあり得ない。
 ジョーカーが僕の部屋にいる幸せをかみしめる。
「しばらくゆっくりしていけるの?僕は今日から休暇になったんだけど」
「オフは一日だけなんです。でも少しでもリィンと一緒にいたくて」
 ジョーカーの話す声が耳に心地よい。
「わたし、コーヒーいれますね。ケーキも買ってきたんですよ」
 僕は実のところ甘いものは苦手だけれど、ジョーカーの気持ちがこもっているから素直に受け取る。
 フォークを動かしながらどちらからともなく微笑む。
 静かで穏やかな時間が流れる。
(うーん、しあわせだなぁ)
 思った途端に眠くなった。ジョーカーを前にして眠りこけるわけにはいかないのに。
「リィン、ずっと仕事が忙しかったんでしょ?少しの間、眠るといいわ。わたし、膝枕してあげます」
(ジョーカーの膝枕?めったにないシチュエーション。それも幸せかも……)
 膝に頭を乗せた。
 ジョーカーの暖かさが僕を包む。
「少しだけ、ほんの少しだけ……」
 言いながら僕は眠りについた。

【Kaleidoscope5に続く】

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