ET MAINTENANT 1



 直径1メートル足らずの円筒形をした透明のカプセル・ポッドが等間隔で並んでいる。
 ポッドの高さは2メートルあまり。数本のチューブがとりつけられているポッドは、生を示すかのようにかすかに振動している。さながら胎児の鼓動のように。
 それぞれのチューブからは、少しずつ異なる色合いの薬液がゆっくりとポッドに送り込まれている。その微妙に異なる薬液が混ざり合ったカプセルの中は、黄褐色で、少し粘度をもっているように見える。
 液体で満たされたポッドには合成人間が一体ずつ収容され、成育を続けている。
 育成途中の合成人間には名前はない。ただ、各ポッドには識別用のナンバー・プレートが取り付けられている。
C-UからC-\までのプレートがついているポッドは、基盤になる遺伝子が同一のものであるらしく、髪や肌の色は同じである。一定の意図をもって育成されているためか、XX型ばかりが並んでいる。瞳を閉ざした状態であるため、虹彩は確認できない。
 基盤は同一だが、成育過程において、一体ずつに幾分かの改変が加えられているというのが、少しずつ異なる体型から判断できる。
 全般的にいって戦闘を目的として育成されているのは明らかだが、体脂肪率が限界まで低く抑えられているタイプ、Gを高くして育成したとおぼしきタイプ、瞬発力を重視したようなタイプ、持久力を強化したようなタイプ…と必要と目的に応じて投入される場面が変化するのだろうと想像できる。
 それらのポッドを管理するブースで、一人の少年(まだ充分に少年とよんでもいいような年頃に見えた)が管理官に声をかけた。
「Cタイプって、以前、日本州警に刑事として潜入していた人間の遺伝子が基盤になってるんだ?」
 言葉尻は微妙にあがって疑問形になっているが、答えなど必要としてはいない口ぶりだった。
「キャルとかいったっけ……」
「カルスト!」
 固有名詞がでたところで横合いからたしなめるような声が聞こえた。
「わかってるよ。サディム」
 カルストと呼ばれた少年が脇に立つ男に向かって面倒くさそうに言う。
「よらしむべし。知らしむべからず、って?いつの時代のことだか……」
 言いながら何かを思いついたようで
「C-Uを出してみてよ。もう、使えるんでしょ?調教は全過程終了してるんだよね?」
 カルストが指名したのは、筋肉強化によって通常の数倍もの力を発揮できるように育成されたタイプである。むろん、筋肉強化にともなって骨格も強化されている。そうでなければ、筋肉のパワーを最大限に発揮させることはできない。体脂肪率も低減されており、ボディビルダーが理想と思い描く体型をしている。ポッドの中の一糸まとわぬ姿は、腹筋・背筋・側筋・胸筋・上腕筋……どこもかしこもくっきりとした筋肉で構成されている。
 そのC-Uをポッドから出すようにとカルストは言う。これは、拒否を許さぬ指示に他ならない。
 現在、この場にいる人間のなかで、一番権限をもっているのがカルストだというのは疑いようもない事実で、彼の言葉に反論できる者はいない。
 さきほど少年から「サディム」と呼ばれた人物も指示を撤回させることはできない。お目付け役としてカルストをたしなめることはできるが、何かを命じることはできないらしい。
「わかりました。C-Uを起動します」
 管理官は送り込まれていた薬液をストップし、かわりに酸素と二酸化炭素の混合気体に切り替える。
 続けてポッドから液体を排出する。
 液体が流れ出て行くにしたがって、合成人間の筋肉は一層はっきりと浮き上がってみえる。
 全ての液体を排出し終えるとカプセル・ポッドは左右に開いた。
 C-Uがカルストの前に立った――全裸で。
「ふーん」
 全身をくまなく走査するかのようなカルストの視線にも羞恥をみせない。羞恥心という概念をもっていないのか、感情が未発達なのか、それとも他に理由があるのか、現段階ではカルストにも判断つきかねた。
「かなり変えたの?」
 カルストの問いは、感情面を改変したのか、という意味であろう。
 管理官は、感情をなくすような操作はしていないと呟く。
 基盤になっている遺伝子から比べれば幾分感情は平板になっているかもしれないが、無感情ではないはずだと、小さな声で主張する。世間一般の労働用合成人間よりも丹念に睡眠教育を施してあるし、自己判断能力も高くなるように補助脳をプログラムしてある、と。
 管理官の言葉は己の身の安全を図ろうとする姑息な手段なのかもしれない。総裁の息子であるカルストの機嫌を損ねることは死を意味する。
 それでも、C-Uのものに怖じない様子はカルストを満足させるに充分だった。
 感情が未発達だろうがなんだろうが、命じられた事柄を忠実に実行する能力があればそれでいい。
「おまえに、いいものを見せてあげよう」
 カルストはC-Uに着衣の暇を与えるよりも先に一枚の立体写真を示した。
「これが飛騨ジェンクス。おまえのターゲットだよ」
 写真は、ジェンクスが特捜司法局に移送される直前のもので、手錠をかけられた姿で写っていた。
 罪を犯したがゆえにそのような姿で写っている、というのがC-Uにあたえられた説明だった。
 犯罪者を野放しにしてはいけないのだということは、生まれる(ポッドから出る)前から知っている。睡眠教育が彼女にそう教えた。
 犯罪者であるジェンクスを放置しておくことは、人類に損害を与えることになるのだとC-Uは理解した。
 人間のために生きること・人間のために役立つことが己の存在意義だと信じる彼女にとって、犯罪者を排除することは正しいことである。
 そこには一片の疑問の余地もなかった。
 なかったはずだった。
 しかしながら、C-Uは、なぜかしらジェンクスの写真に懐かしさをおぼえた。排除すべき人物だと認識していながら、同時に懐かしさと慕わしさをおぼえた――その時点では「懐かしい」という語彙も「慕わしい」という語彙も彼女の中にはなかったのだが。
 語彙はなくても、自分の感じたものに名前をつけることができなくても、確実に存在するものはある。
 初めて見た顔であるはずなのに、どこかで見たことがあるような気がした。
 補助脳にインプットされた項目のなかにジェンクスに似た人物がいただろうか。
 睡眠教育の事項のなかにジェンクスは登場しただろうか。
 それとも、どこか違う場所で見たのだろうか。
 あるいは生まれ出る前から、共通認識として「敵」を知っていたのだろうか。
 C-Uは、ジェンクスに対する既視感を理論としてではなく感情の部分でまるごと受け入れた。


 次に彼女がジェンクスの姿を見たのは、生まれてから二ヶ月ほど経った頃だった。
 隠しカメラが送ってくる映像を見たのだ。
「動くジェンクスを見せてあげよう」とカルストはC-Uに言った。
 六道リィンという日本州警の刑事の部屋に隠しカメラをセットしてあること。
 六道リィンは、赤のキャラバンにとって目障りな存在であること。
 今はまだ六道リィンを殺害してはいけないこと。
 以上の点をカルストはC-Uに告げた。
 C-Uは、胸のうちで「将来抹殺すべき人物リスト」に六道リィンの名を刻んだ。
 隠し撮り用のカメラが撮影できる範囲は狭く、ノイズも混じる。部屋全体が見渡せるわけではないし、視点がきりかえられるわけでもない。それでも、画像の中心近くにジェンクスの姿を確認することができた。音声も伝わってくる。
 その映像のなかのジェンクスは、ソファにのんびりと寝そべっている。
 一人の青年が、まめまめしくジェンクスの世話をやいていた。
 くすんだ金髪。
 若々しい表情。
 それが、六道リィンだとC-Uは知った。
『マイ・ハニー』と声が聞こえる。
 カメラが映し出す画像から判断するに、その声の主はジェンクスである。
 カメラに写っている人員は二名。
 部屋の中に他の人間がいるようには見えなかった――もしかしたらカメラの範囲外に人間がいるのかもしれないが、彼女が見る限りにおいて人員は二名だった。
 とすれば、『マイ・ハニー』という呼びかけは、六道リィンに対するものでしかありえない。
 つまり、カメラが映し出しているのは一組のカップルであり、一緒に暮らすほどにその仲は進展しているとみるべきであろう。
 そう理解した時、C-Uの中で何かがグツリと煮えた。
 言葉では言い表せない熱いもの。
 自分ではどうすることもできない熱いもの。
 それを鎮める方法がある、と彼女は思う。
 六道リィンという存在をこの世から消去すればいいのだ。
 飛騨ジェンクスが自分のターゲットであるからには、そのジェンクスに味方する者もターゲットになりえる。たとえターゲットでなくても、六道リィンを消去することは、気の晴れることだとC-Uは感じる。
 飛騨ジェンクスよりもむしろ六道リィンをこそ消去したい。
 消去すべきだ。
 今はまだ殺害してはいけない、ということは、いつかは殺害してもいい時期がくるということだ。
 C-Uは、自分の「抹殺すべき人物リスト」の先頭に六道リィンの名を移動させた――誰に言われたわけでもなく、彼女の意思で。

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